治療院を長くやっていると、治療技術だけではどうにもならないことがある。
鍼が上手い、按摩マッサージが上手い、説明が上手い。それももちろん大切だ。
しかし患者さんは、治療を受ける前からこちらを見ている。
最初の電話の声、予約の取り方、玄関に入ったときの空気、こちらの表情や姿勢、話す速度。
そうした細かいものを全部含めて、
「ここなら身体を任せても大丈夫そうだ」
と判断しているのだと思う。
今回は、私が患者さんへの対応で普段から気をつけていることを書いてみたい。
電話は治療院の入り口
新しい患者さんとの接点は、電話から始まることが多い。
だから私は、電話を単なる予約受付だとは考えていない。
電話の時点ですでに治療院の印象は作られている。
顔が見えない分、声の調子、話す速度、言葉の選び方から相手はいろいろなことを感じ取る。
できるだけ事務的にならず、こちらの気持ちが声から伝わるように話すよう心がけている。
予約は相手任せにしすぎない
予約を取るときも、私は少し意識していることがある。
「いつがいいですか?」と完全に相手任せにするのではなく、まず相手の都合を聞く。
そのうえで、こちらから候補を提案する。
たとえば、
「午前と午後なら、どちらが都合がいいですか?」
「それでしたら○曜日の○時はいかがですか?」
という具合だ。
この方が、予約のやり取りがスムーズになる。
治療院側が時間を管理できるという利点もある。
また、たとえ予約に余裕がある日でも、何時でも好きな時間に入れられるような受け方はしない。
別に「忙しいふりをする」ということではない。
自分の施術ペースと予約枠の価値を崩さないためだ。
こちらの都合も含めて提案し、その中から患者さんに選んでもらう。
この形が一番安定する。
名前と声をできるだけ覚える
私は患者さんの名前を、できるだけ覚えるようにしている。
さらにできれば、声も覚える。
電話がかかってきて、声を聞いただけで、
「○○さんですね」
と言えると、患者さんとの距離はかなり変わる。
もちろん何百人もの声を完全に覚えることは難しい。
それでも、「覚えよう」と意識しているかどうかでかなり違う。
患者さんにとって、自分のことを覚えてもらっているという感覚は大きい。
カルテには治療以外のことも少し残しておく
カルテには症状や治療内容を書く。
しかし私は、それだけではなく、雑談の中で出てきたことも少しメモしておくことがある。
旅行に行く予定がある。
仕事が忙しい。
家族の話。
趣味の話。
次回来院したときに、
「旅行どうでした?」
と聞ければ、前回の会話が自然につながる。
人間の記憶には限界がある。
だから覚えておきたいことは、記憶力だけに頼らず記録しておく。
こういう情報は、治療そのものにも意外と役立つ。
誠意は持つ。しかし一生懸命にはならない
これは少し誤解されやすい言い方かもしれない。
私は患者さんには誠意を持って対応する。
しかし、一生懸命になりすぎないようにしている。
昔は「何とか治してあげなければ」と考えることもあった。
しかし一生懸命になればなるほど、自分の力が抜けなくなる。
視野も狭くなる。
患者さんの身体を観察するより、自分の中の「治したい」という気持ちの方が大きくなってしまう。
それでは、かえって良い治療ができない。
必要なのは熱意ではなく、
自分が最もよく動ける意識状態に戻ることだ。
自分の状態を姿勢でアンカリングしておく
そのために私は姿勢をかなり重要視している。
人間は精神状態だけを直接操作しようとしても、なかなか難しい。
しかし姿勢は変えられる。
自分がリラックスして、周囲をよく観察でき、身体も自然に動く。
そういうときの姿勢を普段から覚えておく。
私はこれを、自分の状態を戻すための一種のアンカーとして使っている。
忙しくなったとき。
予定外のことが起きたとき。
患者さんとの会話で少し動揺したとき。
そんなときほど、一度いつもの姿勢に戻る。
すると呼吸も戻る。
視野も戻る。
治療中に大切なのは、患者さんをコントロールすることではない。
まず自分自身の状態を崩さないことである。
最初に警戒心を下げてもらう
初めての治療院に来る患者さんは、程度の差こそあれ緊張している。
まして鍼治療なら、なおさらだ。
そこで私は、いきなりこちらのペースに引き込もうとはしない。
まず相手の呼吸や話す速度を見る。
ゆっくり話す人なら、こちらも少しゆっくり話す。
テンポよく話す人なら、ある程度テンポを合わせる。
相手に完全に合わせるわけではない。
しかし最初は少し同調する。
人は、自分とあまりにもリズムが違う相手には警戒しやすい。
逆に、ある程度テンポが合っている人とは話しやすく感じる。
相手がどのように物事を捉えているかを見る
会話をしていると、人によって説明の受け取り方がかなり違う。
私は大まかに、
- 見たイメージで理解しやすい人
- 言葉や音から理解しやすい人
- 身体感覚から理解しやすい人
という違いも観察している。
ただし、これは人間を三種類に分類するという話ではない。
固定的な性格診断として使うものでもない。
あくまで、今この人にはどんな説明が伝わりやすいのかを見るための手がかりである。
「ここがこういう形になっています」と説明した方が分かりやすい人もいれば、
「こう動かしたとき、ここが引っ張られる感じがありますか?」
と聞いた方が分かる人もいる。
同じ説明を全員に繰り返す必要はない。
言葉の奥にある欲求を探す
患者さんが口にしている言葉と、本当に望んでいることが同じとは限らない。
「肩こりを治したい」
と言っていても、その先には、
「仕事を楽にしたい」
「夜ぐっすり眠りたい」
「旅行に行けるようになりたい」
「孫を抱きたい」
といった目標があるかもしれない。
だから会話をしながら、
この人は最終的に何を求めているのか。
そこを探している。
そしてこちらの説明も、その人の目標に合わせて言葉を変える。
患者さんの目標には合わせる。しかし自分の立ち位置は変えない
患者さんが望んでいる目標が分かったら、できるだけそこに治療を合わせる。
ただし、何でも患者さんに合わせるという意味ではない。
私はここをかなり重要だと考えている。
目標には合わせる。しかし、自分の立ち位置は変えない。
できないことをできるとは言わない。
医学的に無理のある要求には合わせない。
自分の治療方針を曲げてまで患者さんに迎合もしない。
相手に同調しながらも、自分はブレない。
患者さんとの関係は、この距離感が大切だと思う。
違和感が強い人は、無理に受けない
電話や会話をしていて、どうしても違和感が消えない場合もある。
もちろん第一印象だけで人を決めつけるのは良くない。
しかし長く治療院をしていると、
「これは少し合わないかもしれない」
という感覚が働くことがある。
治療は一対一で、しかも身体に触れる仕事である。
信頼関係が作れそうにない場合、無理に受けないという判断も必要だ。
すべての人を患者さんにしなければならないわけではない。
政治・思想・宗教の話にはできるだけ入らない
長く通っている患者さんとは、さまざまな話をする。
しかし私は、政治・思想・宗教については、できるだけ深く入らないようにしている。
こちらに考えがあったとしても、それを患者さんとの関係に持ち込む必要はない。
治療院は議論をする場所ではない。
患者さんが安心して身体を休められる場所である方がいい。
家族関係や性別をこちらで決めつけない
最近は特に気をつけていることがある。
たとえば、一緒に住んでいる異性の話が出たとしても、夫婦だと確認できていなければ、
「奥さん」
「ご主人」
「旦那さん」
とは呼ばない。
夫婦とは限らないからだ。
本人が使った呼び方をそのまま使うか、分からなければ「ご家族」「一緒にお住まいの方」など、関係性を決めつけない言い方をする。
性別についても同じだ。
こちらが勝手に判断する必要のない場面では、できるだけ中性的な言葉を使う。
これは時代への配慮というだけではない。
こちらの思い込みを患者さんに押しつけないという、医療者として基本的な態度だと思う。
最終的に作りたいのは「明るい場所」
私が治療院で作りたいのは、単に身体を治療する場所ではない。
患者さんがここに来たときに、
- 自分が求めているものが得られそうだ
- 自分の話を聞いてもらえる
- ここでは自分を否定されない
- 少し楽になって帰れそうだ
と感じられる場所でありたい。
私はこれを「明るい場所」と考えている。
照明が明るいという意味ではない。
その人が受け入れられていると感じられる空気である。
治療技術以前に、自分を整えておく
こうして並べてみると、患者対応というのは接客技術だけの話ではないことが分かる。
予約の取り方。
名前を覚える。
話す速度を合わせる。
相手の目標を探す。
余計なことを決めつけない。
どれも小さなことだ。
しかし、その積み重ねで治療院全体の空気は作られる。
そして何より重要なのは、患者さんをどうにかしようとする前に、施術者自身が安定していることだと思っている。
一生懸命になりすぎず、無関心にもならず、誠意を持って淡々と向き合う。
相手には合わせる。
しかし、自分の軸は動かさない。
長く治療院を続けてきて、患者対応で一番重要なのは、結局このあたりなのではないかと思っている。


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